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Oct
22nd
Wed
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テラスで待っていると待ち人が目の前を過ぎてどきりとする。斜め前を行く女性の肩に手をかけて歩いていた。軽くてのひらを置いて、ゆっくりと進む。凝視しても気づかない。店の前で彼はその肩からごく慎重に五本の指を離す。彼だけが店に入ってくる。視線がしっかりと合って私はため息をつく。どうしましたと彼は快活に言う。快活で誰にでも好まれた学生時代の後輩の、その幽霊があらわれたと思った。ひとまわり縮んだように見えた。顔色も手の色も不透明に白く不吉に静脈が浮いていた。呼吸の頻度が成人としてはほんの少し高い。目が合う。目が見えていると私は思い、少しほっとする。

 いやあ死にかけまして。ええそう、文字どおり、バキバキに折れちゃってあちこちの骨が。うん歩いてて車にはねられて、それで。なんかね内臓もちょっと潰れたみたいで、いや治りましたよだいたい。おおむね。切ったり縫ったりしてもらってわりと長くかかったから仕事もしてないです。今の人、見たんだ、いい人ですよ、看護師さん、入院してたとこの。親切にしてくれてるんだ。いや別につきあってないです。俺の好みじゃないし、だいいち彼女とかしばらくいないし要らないです、ここ何年か疲れて、すごい疲れてめんどくさくて、いろいろ。

 彼は大きい会社で華やかに仕事をこなしていた。誰もが彼を好きだった。彼は他人に好かれるすべを心得ていたし、上手にそれを遂行することができた。仕事の半分はそれで終わったようなものだった。残り半分はいささか専門的な知識と技能を要し、けれどもそれはいくらでも代替のあるものだった。しばらく経つと自分がその専門領域をそんなに好きじゃないこともわかった。まあいい、と彼は思った。彼はただみんなに好かれてみんなが笑ってくれたらそれでよかった。

 みんな彼を好きだったし、みんな笑ってくれた。年をとって疲れやすくなって仕事のほかの生活がなくなった。月曜日はすぐにやってきた。彼はベッドから自分を引き剥がしオートマティックに身支度をととのえて出社した。ずいぶん前から彼は、出社時の通勤時間の記憶をなくしていた。昔は本を読んでいた、とぼんやり思った。最近は気がつくと駅にいて気がつくと会社が目の前にある。

 年をとって疲れやすくなってからだのあちこちが痛んだ。不自由が過ぎるので不承不承医者に行って痛いんですと言うとあれこれ検査をされて異常ありませんと言われた。精神的なものかもしれませんねと医者は言った。役に立たない、と思った。にこにこ笑っていた。医者は気の毒そうにカルテに向かい、よかったら紹介状を書きますと言った。医者はそのあと一度電話をかけてきた。近ごろはいかがですか、よかったらお勤め先に近い精神科を紹介します。最近の医者はお節介なんだなと彼は思った。

 いろいろの人が彼にお節介を焼いた。少しうれしかった。でもからだが痛いからあんまりよくわからなかった。彼は帰省せず、人に会わず、かろうじてつながっていた恋人と別れた。それほど悲しくなかった。たぶん飽きちゃったんだなと彼は思った。だからこんなにからっぽで、悲しくないんだ。

 出社時にかかわらず、歩いているときのことを覚えていられなくなった。つきあいの飲み会は最初(誰と誰がいたか)と最後(支払い)だけ意識があるようだった。ダイエットと訊かれてダイエットとこたえた。やりすぎと誰かが言った。彼はとても感じ良く笑った。集中すればたいていの相手に好感を持たれる笑いかたを彼はすることができた。でも、と彼は思った。それってこんなにたいへんなことだったかな。そう思って、忘れた。そのあと何日かが過ぎて、空にひとつの雲もない春の朝に、速度を充分に落とさず右折したワゴン車に接触した。

 仕事しないで誰とも話さないでいたら怪我は痛かったけどもともとの痛いのはなくなりましたと彼は言った。自分の感情に鈍いと身体がかわりに話すんだよと私は言った。そうみたいですねと彼はこたえた。なにか学習したと私は尋ねた。もう誰にも好かれなくていいですと彼はこたえた。よかった、と私は思った。ほんとうによかった。誰にでも好かれるなんてよくないことだ。そんなのただの生贄じゃないか。目が見えていてよかったと私は言った。彼は首を傾げた。だってあなたあの女の人の肩に手を置いていたでしょう、あれは目の見えない人が先導してもらうためのしぐさだよ。知らなかったと彼はつぶやいた。ただなんとなく、そのほうが歩きやすくて、そうしていました。見えなかったんだねと私は言った。あなたは自分の欲を見ないで人のために生きていたから、まだよく見えないんだね。まだ見えないのかなと彼はこたえた。でももうなんにもしたくないからしてなくて、だから、そのうち見えるんじゃないかな。

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「内助の功」に急ぐのと、「普段は普通の女の子」の常用は、この国のメディアがひとまず男を主語にできていることを再確認させてくれる。意外な職業に美人を見つけて、「美人すぎる○○」と謳う働きかけも止まらない。「コートを出れば普通の女の子」とアスリートのプライベートを追うパターンも相変わらず多い。
Oct
21st
Tue
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森「いいリファレンサーを見つけるのには時間がかかるんですよ。
  僕は府中市に住んでるんですけど、多摩市の図書館に
  すごく優秀なリファレンサーがいるんですよ。」
タ「それは「こんな研究に関する本を探してる」って聞くと
  いろいろ出してくれるんすか?」
森「ある研究者を取材してて、その人は猿に関する研究なんですが、
  猿の研究に関するものをと頼んだら、その人の著書はもちろん
  似たような研究のものとか、信頼のおける出版社から出てる書籍とか
  いろいろ出てきましたよ。」
タ「それすごい!」
森「めっちゃ仲良くなりましたよ。
  図書館のリファレンサーがもっと洗練されたら
  趣味の学術研究も発達すると思いますね。
  Amazonで出てくるやん、みたいな本は全然求めてないわけですよ。」
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さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしていると思つているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと思つているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもつと上のほうからだまされたというにきまつている。すると、最後にはたつた一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。
 すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。
 このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といつたような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。
Oct
18th
Sat
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そして、痛みに耐えているとき、人は孤独である。どんなに愛し合っている恋人でも、どんなに仲の良い友人でも、私たちが感じている激しい痛みを脳から取り出して手渡しすることができない。私たちの脳のなかにやってきて、それが感じている痛みを一緒になって感じてくれる人は、どこにもいないのである。

*  *  *

私たちは、他の誰かと肌を合わせてセックスしているときでも、相手の快感を感じることはできない。抱き合っているときでさえ、私たちは、ただそれぞれの感覚を感じているだけである。
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 昔々、おじいさんとおばあさんが都会の人混みの中でいつしか自分を見失いそうになっていました。

 おじいさんが山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯にいくと、川上から大きな桃がひとりじゃないひとりじゃないと流れてきました。

「この桃と巡り会えたのはきっとキセキなんだね。永遠に約束するよ、家に持ち帰って食べると」

 持ち帰った桃を割ってみると、中から大きな希望と夢と愛しさと切なさと心強さと赤ん坊が現れました。

「会えない時もずっとこの思い絶やさぬようにという意味を込めて、この子には桃太郎と名づけましょう」

 すくすくと育った桃太郎はある日、おじいさんとおばあさんに向かって言いました。

 「ずっと迷惑をかけてきたけど 育ててくれた親にマジ感謝

  鬼ヶ島に向かって誓ったんだ お前を絶対離さねえ」

 きび団子をもらった桃太郎は【ナンバーワンよりオンリーワン】と書かれた旗を掲げて、臆病な自分を乗り越えて鬼退治へと小さな一歩を今確かに踏みしめていきました。

 桃太郎が明日に向かって走っていると、向こうからイヌがやってきました。

「暗闇を切り裂いていけるよ、きび団子と一緒なら」

 桃太郎が移りゆく街並みを眺めていると、向こうからサルがやってきました。

「きび団子に心から伝えたい、一生一緒にいてくれや」

 桃太郎が翼を広げていると、向こうからキジがやってきました。

「食べたくて食べたくて震える」

 桜舞い散る夏の日差しの秋風に吹かれて雪の華を見つめながら、桃太郎達は鬼ヶ島へ到着しました。

 瞳を閉じて……。

 桃太郎は鬼達の心の扉を叩いてこう言いました。

 「晴れた日は二人で手をつないで 鬼退治へと一緒に行こう

  どんなに辛い道のりだって お前を絶対離さねえ」

 桃太郎達はいっせいに跳びかかりました。

 イヌはそのするどい牙で、鬼の腕にBrand new day.

 サルはそのするどいツメで、鬼の顔面をHold me tight.

 キジはそのクチバシで、鬼の眼球をLa La La……wow wow……

「うわあ、まいった。もう悪さはしない。ほんの少しの勇気を心に灯して、昨日までの弱い自分にサヨナラを告げさせてくれえ」

 鬼達からゆずれない大切な何かを取り返した桃太郎達は、いつまでも幸せにI love you Remenberましたとさ。

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そういえば先日、電車に乗った時、皆が一様にiPhonなどをいじくっているのを見て思った。    ああ、なんということだ、この人たちは全員、ちゃんと誰かとつながっているのだ、と。
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死ぬまでイカレたブルースマンでいようぜ

 だから君が自分の音楽にもしも自信があるなら、自分でレコードを作るべきだ。自分で自分をプロデュースするべきだ。それが21世紀の姿だよ。もう時代はとっくに変わろうとしてるんだよ。しがみついてる古いやり方はとっくに時代遅れだから、レコード会社は衰退してるのさ。ベスト盤しか出せないんだ。ベスト盤は安いコストで作れるからね。新しいサウンドを流行らせようとか新しい音楽を売りだそうっていう気持ちには誰もなれなくなってしまった。悲しいことだ、せっかく音楽に携わっているのに。銀行や自動車会社のようにレコード会社も合併や吸収合併をくり返して、せいぜい3つか4つくらいになっていくだろう。多くのバンドやディレクターがリストラされるだろう。そしてますます軽い使い捨て音楽が流通されるのだろう。悲しいことだが、真実だろう。
 それでも君がもしも君の音楽を信じていて、自分の作り出す音をみんなに聴いて欲しいと思うなら、それを続けるべきだ。誰に何と言われようと最高の音楽なんだろ? 800万枚売った女の子が今後どうなっていくのかは興味深いところだけど、800枚ずつ1万枚のレコードを作ったっていいじゃん?
 自分で自分のプロデュースもできない奴なんて、どうせ長続きはしねえよ、悪いけど。パッと稼いでパッと散る。君がそれでいいんなら、それでいいし、本当に自分の音楽が好きだったら50歳になっても60歳になっても音楽をやってステージに立つだろう。マディ・ウォーターズを知ってるかい? 80歳を超えても現役で死ぬまでイカレたブルースを歌っていた人だよ。本当に何よりも音楽が好きだったんだよ。世界にはそういう人がたくさんいるんだぜ。君だってそうなれるさ。希望を捨てないほうがいい。俺はサイコーなんだって信じるんだ。既成の概念なんか疑ってかかったほうがいい。「何でなんだ?」っていつも子供みたいに感じていたいぜ。ふざけんなよ、俺がサイコーなんだっていつも胸を張っていたいだろ? 本当は誰だってそうなんだ。OK、そうと決まったら、誰に相談する必要もない。もう君は世界で最高の音楽をやってるイカレた野郎になったんだ。
 がんばれよ。また新しい曲を聴かせてくれ。

Oct
17th
Fri
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私は本気で中心部再生をするとコミットするのであれば、中心市街地設定をしたエリアの遊休不動産にはどんどん課税率がupするペナルティ課税すべきと思っています。貸さないといけないようにならない限り、利活用は進まないわけですが、今だとごね得です。ま、そこまでして中心部を再生しますか? ということです。
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この新しい日本語IMは、iOS 8同様に精度とパフォーマンスがアップしており、これまで「頭を掻く」や「西郷どん」など、一発変換されなかった文書候補も正しく変換されるようになっています。
Oct
16th
Thu
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自治体が条例や認定制を設け、また業界が自主規制を行ううちに紙芝居はその自由奔放さと輝きを失っていき、その後は1953年(昭和28年)に放送開始した街頭テレビなどにも押されて衰えていった。
Oct
13th
Mon
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gifsboom:

A Cow Attacks An Islamist

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A Cow Attacks An Islamist

(via rurinacci)

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石原吉郎が死に、鮎川が死に、田村隆一や、北村太郎たちが死んで、日本語が記憶した「絶望」は、彼らの死とともに失われていく。
最大で直接の原因は「詩が読まれなかったから」で、二千部や三千部を刷って大量の返品がある詩集などは、ふりかえれば当時の日本語世界の最高の到達点でも、すでに物質的繁栄に浮かれて、コピーライターの言葉に踊るようになっていた社会では見返られることすらなかった。
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若い世代に金を回さなかったツケはそのうち大きく出てくる。「金がない」の一言でいろんな経験をパスしてしまい、「安いモノでいい」ということで感性や感覚の洗練をしなかった世代は、その後もずーっと趣味や消費の高度化をすることはないだろう。そのとき、趣味や文化にかかわる産業は消滅する。

Twitter / RodinaTP: 若い世代に金を回さなかったツケはそのうち大きく出てくる。「金 … (via wideangle)

この文章を読んで気になった人は、中の人が書いた「文化不況」を読むと良いと思う。2001年に書かれた文章だけど、10年後でも20年後でも通用する内容。

http://orion.mt.tama.hosei.ac.jp/hideaki/bunkafukyo.htm

(via pdl2h)

(via aromax)

Oct
10th
Fri
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